透析部門

透析患者さんの痒みについて

痒みの原因

透析患者さんの皮膚そう痒症(かゆみ)についてお話します。
『痛いわけじゃないし痒(かゆ)みは我慢すればよいことだし…』、『痒みくらいでお医者さんや看護婦さんに相談しづらい…』と、痒みを我慢していたり、医療スタッフに伝えるのを遠慮したりしていませんか・・・?

『皮膚の痒み』自体、人間だれしもが必ず経験する症状ではありますが、透析患者さんにおける『皮膚の痒み』は、『透析そう痒(そうよう)症』という名称があるくらい、透析をされていない方に生じる痒みよりも頻度が高かったり、症状が強かったりします。

透析患者さんには皮膚の痒みを訴える方は実はとても多いです。
日本における透析患者さんの 60~80%に皮膚そう痒症が合併しており、そのうち約40%もの患者さんの症状は中等度以上の強い症状を訴えられています。

そして、そう痒症を伴う透析患者さんのうち33%の方が、かゆみが入眠困難の原因になっていることや、かゆみの程度と睡眠障害の程度が相関していることも報告されており、そう痒症は患者さんの QOL(Quality of life:生活の質) を著しく低下させていると考えられます。また、痒みが生存率と相関するという論文も報告されています。

透析患者さんのそう痒症の発現の原因については、決定的な因子はいまだ解明されていませんが、現時点では、下表のような原因が考えられています。
ほとんどの方がこれらのうち複数の原因がかかわっている事が多いです。

痒みの起きる部位 原因 治療
皮膚
① 外因刺激に対する痒み感受性の亢進
  • 皮膚の乾燥により、痒みを伝える神経が皮膚表面に向かって伸長し痒みを感じやすくなる。
  • 引っ掻く事で、二次的な湿疹ができ、さらに痒みが悪化する。
  • 保湿剤などの概要でのスキンケア
  • 紫外線(UVB)療法
など
② 内因性痒み物質の蓄積
  • 尿毒素が体内にたまる
  • 血中カルシウム、リン濃度が高くなる
  • 血中副甲状腺ホルモンの濃度が高くなる
  • 透析膜の改良
  • カルシウム、リンの管理(透析条件管理、薬剤療法など)
など
③ 痒みメディエーターの過剰産生
  • 痒みメディエーター(痒みを媒介する物質:ヒスタミン、サブ スタンスP、サイトカインなど)が過剰に産生される
  • 抗アレルギー薬の内服
など
中枢
④ 脳内の痒み制御メカニズムの異常
  • 痒みを誘発する物質(内因性オピオイド:βエンドルフィン)の血中濃度上昇
  • ・痒みを抑制する物質(ナルフラフィン:レミッチ®)の内服
① 外因刺激に対する痒み感受性の亢進
  • 皮膚の乾燥により、痒みを伝える神経が皮膚表面に向かって伸長し痒みを感じやすくなる。
  • 引っ掻く事で、二次的な湿疹ができ、さらに痒みが悪化する。

透析患者さんでは、皮膚への水分供給が低下しており、角層(皮膚の一番表面)の水分量が低下しています。さらに、長期にわたる透析期間に応じて皮脂腺や汗腺が萎縮して、セラミドなどの皮脂や、汗の分泌が低下することにより、皮膚表面の水分が減少し、乾燥していきます。また、年齢に伴い、皮膚の天然保湿因(NMF:natural moisturizing factor)の低下、表皮細胞のターンオーバーの低下(皮膚の代謝が悪くなる)も生じるので、高齢の透析患者さんはいわゆる『老人性乾皮症』も合併しています。これらの原因により、透析患者さんの約90%が皮膚の乾燥がみられるといわれています。

では皮膚が乾燥するとなぜ痒みが生じるのでしょうか?

『皮膚が乾燥すると神経線維(C線維)の表皮内侵入とsprouting(表皮内神経伸長)が生じ、このためかゆみ閾値の低下が生じ,軽度の刺激により容易にかゆみが惹起される』

すこし難しい話ですが、つまり、皮膚が乾燥すると、『皮膚への刺激(服による摩擦や熱さ寒さの刺激など)』を『痒みだ』と感じ取る神経が皮膚表面に伸びてきたり増えてきて、神経が過敏になっているため、少しの刺激でも痒みを感じやすくなる状態に陥ってしまう、という事です。


川島 眞 ら:腎と透析, 75(2), 275-281, 2013 より一部改変
(参照:マルホ株式会社HP 皮脂欠乏症の主な原因:透析

② 内因性痒み物質の蓄積
  • 尿毒素が体内にたまる
  • 血中カルシウム、リン濃度が高くなる
  • 血中副甲状腺ホルモンの濃度が高くなる

尿毒素による痒みの原因となる物質は特定されていませんが、中~大分子量の尿毒症物質が関係していると考えられています。また、血中のリンやカルシウム濃度が上昇すると、骨以外の様々な組織に石灰沈着する、異所性石灰化を引き起こします。血管に沈着すると動脈硬化や脳梗塞、心筋梗塞を引き起こし、関節だと関節炎、皮膚だと痒みを引き起こします。さらには副甲状腺ホルモンの濃度が高くなることでも痒みが引き起こされます。

③ 痒みメディエーターの過剰産生
  • 痒みメディエーター(痒みを媒介する物質:ヒスタミン、サブスタンスP、サイトカインなど)が過剰に産生される

痒みメディエーターという物質が皮膚で産生されることで、痒みを感じる神経が刺激され、『痒い』と感じるようになります。この痒みメディエーターのうち、ヒスタミンは、皮膚の肥満細胞という細胞や表皮ケラチノサイトから作られる物質で、いわゆる蕁麻疹や花粉症に関与する痒み物質です。抗ヒスタミン薬という内服薬を飲むことで比較的治まりやすい痒みの原因物質です。

さらに透析患者さんの痒みにはこのヒスタミンとは異なる痒みメディエーター(サブスタンスP、サイトカインなど)が過剰に産生される事が知られており、抗ヒスタミン薬の効果が乏しいため、難治です。これらがどこから作られるかというと、①ででてきた神経細胞などからです。

④ 脳内の痒み制御メカニズムの異常
  • 痒みを誘発する物質(内因性オピオイド:βエンドルフィン)の血中濃度上昇

中枢神経や末梢神経にあるオピオイド受容体は、疼痛、鎮静、鎮咳、消化管運動抑制などに関わり、μ(ミュー)、δ(デルタ)、κ(カッパ)の3種類のタイプがあります。この中でもκ受容体は透析による痒みなどに対して深く関わるとされています。
この3タイプの受容体の作用発現特性はサブタイプごとに異なり、κ受容体はμ受容体と相反する作用を示すとともに、μ受容体の作用を抑制する働きを有することが知られています。このあたりの話は難しいので簡単に要約すると、

『μ受容体が優位になると痒みが発現し、κ受容体が優位になると痒みが抑制される』ということです。

透析患者さんの血中ではこのμ受容体を活性化するβエンドルフィンの血中濃度が上昇するため、中枢性の痒みが生じます。κ受容体が優位になるとかゆみが抑制されるのではないか、という研究から発売されたのがナルフラフィン(レミッチ®)という内服薬で、透析患者さんに適応がある薬です。

治療法

痒みの原因は多岐にわたりますが、このうちの大部分を占めるのが、透析や加齢に伴う皮膚乾燥だといわれています。
皮膚乾燥と、それに伴う痒み神経の過敏を治すには、『スキンケア』と『痒み刺激を回避する生活改善』がとても重要な治療法です。

(参照:日本皮膚科学会雑誌第122巻第2号 汎発性皮膚瘙痒症診療ガイドライン

では『スキンケア』とは具体的にどのような事でしょうか?
『スキンケア』の基本は、『保湿』です。
保湿剤を塗ることで角層に水分を保つ事ができ、外部からの刺激から守ってくれます(バリア機能の改善)。また、保湿を継続する事で痒みを感じる神経が表面に伸びてくるのを防いでくれます。
洋服などの摩擦刺激や、引っ掻く事で二次的な湿疹ができてしまっているケースでは、場合によっては『抗ヒスタミン薬』や『ステロイド剤』の外用剤も必要となってきます。

痒みを訴える患者さんはこのように『塗り薬』いくつか処方されると思いますが、処方されたものの実際どうやって塗るのかよくわからない、という方は多くいらっしゃると思いますので、外用剤の使い方についてご説明したいと思います。

塗り薬について

① 塗る部位:『保湿剤』と『その他の外用剤』の使い分け

処方される薬は大まかに『保湿剤』と『その他(赤み痒みのある部位に塗る薬);抗ヒスタミン薬やステロイド剤』に分けられます。
『保湿剤』は基本的に乾燥している部位全体に塗り、『その他の塗り薬』は痒い部位にピンポイントに塗ります。例えば、乾燥しやすく痒みを訴える方が多い部位の代表の、膝下を例にしてみると、膝下全体が乾燥はしているけれど、痒かったり赤かったりするのはスネの部分だけ、という場合がよくあります。この場合、『保湿剤』は膝下全体に塗り、『その他の塗り薬』は痒い・赤い部分に局所に塗ります。

保湿剤 その他の塗り薬
乾燥している部位全体に塗る 痒い部位にピンポイントに塗る
② 塗る順番:保湿剤→その他

一般に塗る面積の広い方から先に塗ります。
『保湿剤』と『その他(例:ステロイド外用剤)』を両方処方されている場合、塗る面積の広い『保湿剤』から先に塗り、後から『ステロイド外用剤』を湿疹等の病気の部分だけに塗ります。先にステロイド外用剤を病気の部分だけに塗ってから、保湿剤を塗るとステロイド外用剤が塗る必要のない部分まで広がることで、副作用が起きる可能性があるためです。

(参照:日本皮膚科学会 皮膚科Q&A 皮膚科領域の薬の使い方

③ 塗る量

使用量の目安としてFinger Tip Unit(FTU:フィンガーティップユニット)を用います。
チューブでは、成人の人差し指の先端から第一関節までの長さを押し出した量が1FTUで、約0.5gに相当します1,2)。
ローションの場合は、1円玉大に出した量が1FTU(約0.5g)となります12)。
瓶では、成人の人差し指の先端から第一関節の1/2までの長さをすくった量が約0.5gです3)。

※塗る量が少ないと十分な効果が得られなかったり、塗る際に皮膚に摩擦力が加わってしまう場合があるので、適正量を塗りましょう。『塗った後、ティッシュペーパーが張り付く程度』、というのも目安の一つです。

④ 塗り方

外用剤は塗り方によって効果にかなり差がでます。塗り方で重要なのは、『優しく塗り広げる』です。
塗る範囲が広い保湿剤の塗り方を例にご説明します。

※成分が吸収されると思って擦り込んで塗る方が意外と多くいらっしゃいますが、『擦り込む=肌に自ら刺激を与えてしまっている』ため、逆に痒みを悪化させる原因になってしまう事が多いです。

(参照:マルホ株式会社HP 透析治療を受けている患者さんへ スキンケアと保湿剤の塗り方

日常生活での注意点

『スキンケア』と同じくらい重要なのが、『痒み刺激を回避する生活改善』です。痒みを訴える方の中には、日常生活で無意識に痒みを誘発・悪化させる行為をしている方が実は多くいらっしゃいます。

① 入浴時
  • 熱いお湯、長風呂はさけましょう(そう痒症の方の湯舟の適正温度は40度以下といわれています)
  • タオルでごしごし洗わない(タオルは皮脂を過剰に取りすぎるだけでなく、皮膚への刺激になってしまいます。手で洗うか、綿などの低刺激のタオルで優しくなでる程度にしましょう)
② 衣類
  • 特に肌着など直接肌に触れる衣類は、木綿や絹など刺激の少ないものにしましょう。
  • 衣類のタグが触れる部分に痒みや湿疹ができる場合は、タグを完全に取るか、裏返しに着るなどしましょう。
③ 食べ物
  • アルコール、香辛料は体が温まり、痒みが増強するので避けましょう。
④ 掻かないようにする!
  • 爪は短くきっておきましょう
  • 「孫の手」で背中を掻くのは逆効果です(一時的に痒みがおさまりますが、後に更に強い痒みになってかえってきます)
  • 痒い時は、冷やしましょう

たかが痒みと思われがちですが、透析患者さんの中には「痛いより痒いほうが辛い…」とおっしゃる方もいるくらい、痒みが重症化する事もあります。また、一度悪化するとなかなか治りづらい事が多いので、痒みの出はじめに早めに治療を開始する事が大事です。
より快適な生活を送れるよう、生活習慣や薬の塗り方など、今まで気づかなかったポイントでいろいろ工夫できるところがあるようです。