腹膜透析(PD)が日本で普及しない理由
皆さんは3%という割合を聞くと、どう考えますか?
たとえば、学校のひとクラスの人数が40人程度だとすると、3%という割合は、そのうちの1人もしくは2人となります。
これは少ない割合であると思われるのではないでしょうか。
この割合はわが国の全透析患者さんにおける、腹膜透析を施行されている方の割合です。2018年の日本透析医学会の統計調査によると、全透析患者さんの数は約34万人であり、そのうち腹膜透析をされている患者さんは約1万人と報告されており、その割合は約3%となります。
参考元: 我が国の慢性透析療法の現状(2018年12月31日現在)
では、この割合は他国と比べるとどのようになっているのでしょうか。2014年の米国のデータベースを用いた統計報告では、腹膜透析患者さんの割合は香港で約70%と最も多く、欧州やカナダでは約20-30%、米国で約10%となっており、日本の3%という割合は世界で最も低い数値となっています。
この割合、何パーセントが正解であるとか、何パーセントであるべきだという議論に正解も無く、各国の医療提供の制度の相違などもありますが、腎臓専門医のアンケートをまとめた複数の英文誌では30%前後が妥当な割合なのではないかと紹介されています。少なくとも、血液透析と比較して、遜色のない治療法であるという認識は間違いなさそうです。
腹膜透析と血液透析を比べると、腹膜透析はご自身もしくはご家族による手技や消毒が必要である一方、通院回数が少なく済むことや身体的負担が少ないことなど、血液透析と比べて利点も多くあります。それでは、わが国でなぜ普及率が低いのか、そこにはいくつかの理由が考えられ、ご説明していきます。
(詳細はこちらをご参照ください 当院HP:腹膜透析について)
1.血液透析の施設が多く通院先の選択肢が多い一方で、腹膜透析を実施できる医療機関、医療スタッフが限られている。
現在、当院が位置する相模原市および隣接する町田市、大和市、座間市で相模原市に近い地域を含めたエリアでは、血液透析患者さんの数はおよそ3000名、そして腹膜透析患者さんの数はおよそ40-50名となっています。これは単純に計算しても1.5-2.0%となり、全国平均より少ない割合となっています。このように当院が位置する相模原市、そして隣接する町田市、大和市、そして座間市や海老名市を含めても血液透析の患者さんの数に比べて腹膜透析の患者さんの数は多くありません。これは血液透析を提供する施設が充実していることが考えられる一方で、腹膜透析を提供できる医療機関が限られていることも表している可能性があります。
繰り返しになりますが、血液透析、腹膜透析のどちらが優れているということは決してありません。しかし、少なくとも腎不全が進行した際には血液透析、腹膜透析について十分な説明を受けたうえで、治療法を決定することが望まれるのではないかと考えます。当院では腎不全治療法の選択外来(腎代替療法選択外来)を設置しており、患者様とそのご家族を含めて十分な説明をしたうえで、私たちと共に、納得していただける治療法の選択をしていく過程を大事にしております。なぜならこの過程が、そのあとの患者様の生活の質を改善できるからです。
当院では血液透析はもちろんですが、腹膜透析に関しても症例数を蓄積しており、医師、看護師を含めたチームとして、自信をもって提供できる体制を整えております。現在当院で腹膜透析を行っている患者様は20名を超え、皆様は納得されて腹膜透析を始められており、腹膜炎等の合併症も少なく充実した日々を過ごされているようです。相模原市のみならず、町田市、大和市、座間市からも通われています。
2.糖尿病性腎臓病(糖尿病に合併した慢性腎不全)の患者さんには不向きと考えられる。
わが国の慢性透析療法の現況によると透析導入された方の約43%が糖尿病性腎臓病による腎不全であり、血液透析を導入された方の45%が糖尿病性腎臓病である一方で、腹膜透析を導入された方の38%が糖尿病性腎臓病となっています。従来、糖尿病の方は腹膜透析の継続率や生命予後が良くないと認識されてきた経緯があり、糖尿病性腎臓病の方には腹膜透析は不向きなのでは、という懸念が隠れていることが予想されます。
(参考元 : わが国の慢性透析療法の現況2014年12月31日)
その一方で血液透析が下記の理由で困難になることもあります。
これまでに糖尿病性腎臓病に限定した腹膜透析と血液透析の生命予後を比較した研究は多くありませんが、25の研究をまとめた総説によると、いずれかの治療法の優位性は見いだせなかったという結論が出ています。
(参考元:Dialysis Modality Choice in Diabetic Patients With End-Stage Kidney Disease: A Systematic Review of the Available Evidence. Couchoud et al. Nephrol Dial Transplant 30: 310-320, 2015)
さらに糖尿病の腹膜透析患者さんと非糖尿病の腹膜透析患者さんの腹膜透析継続率と生存率を比べた研究では有意差無しと報告されています。
(参考元:Clinical Outcome of Incident Peritoneal Dialysis Patients With Diabetic Kidney Disease. Kishida K, et al. Clin Exp Nephrol Mar;23(3):409-414, 2019)
このように、糖尿病の方は少なくとも腹膜透析と血液透析を比較してどちらかが向いているという結論は出ておらず、2019年の日本透析医学会の発行する腹膜透析ガイドラインには下記のように記されています。
つまり、糖尿病による腎不全であっても、腹膜透析を避けて血液透析にするべきということは無く、患者様の納得する透析療法を選択するべきであると考えられます。
従来では不向きとも捉えられていた糖尿病の方が腹膜透析を安全に行えるようになってきた背景として、以下の要素が挙げられるかと考えます。
以上のように少なくとも糖尿病であることは腹膜透析の導入に際して、明らかな障壁ではないと考えます。当院でも腹膜透析を行っている方の約半分は糖尿病を合併した腎不全の方であり、多くの方が安定した腹膜透析を行っています。
3.ご高齢の方の導入に抵抗感がある。
まず、わが国の慢性透析療法の現況(2018年12月31日現在)を改変して作成したこちらのデータをご覧ください。
(参考元 : わが国の慢性透析療法の現況2018年12月31日 )
このデータをみると、全透析導入患者さんでは75歳以上の方々の割合が最も多くなっていますが、腹膜透析患者さんにおいては75歳以上の方の割合が少ないことがわかります。
この理由のひとつとしては、腹膜透析の手技習得がご高齢の方にとって難しいと考えられるので、医療従事者がはじめからご高齢の方に腹膜透析を導入することを敬遠しがちであることが考えられます。その一方で、ご高齢の方にとって腹膜透析は通院回数が月1回程度であることや、血圧の変動が少ないことなどから身体に優しいことなど多くの利点もあります。
(詳細はこちらをご参照ください 当院HP:腹膜透析について)
実際に腹膜透析(PD)ラストという定義(一般社団法人 全国腎臓病協議会HP:PDファースト、PDラストとは)もあり、ご高齢であっても、腹膜透析の選択肢を残してご説明する必要があるかと考えます。
ここで当院に通院されている年齢別の腹膜透析患者様の割合をお示しします。
当院では45歳以上の全ての年齢層にほぼ同様の割合で腹膜透析をされている患者様がいらっしゃいます。80歳を超えられている方でもご自身でバック交換や消毒を問題なく行えており、短期の旅行を楽しんでいる方もいらっしゃいます。また、ご家族のサポートを受けながら、ご自宅で過ごす時間を増やすために腹膜透析を選択されたご高齢の方もいらっしゃいます。
このように、腹膜透析はご高齢であっても、選択肢から外すことなくご説明させていただき、患者様とご家族が納得される治療法を選んでいただけるように当院は努めております。
月一回の通院ですので、相模原市のみならず、隣接する町田市、大和市、座間市を含めた地域の方も当院で腹膜透析を受けていただくことが十分に可能です。引き続きよりよい腹膜透析療法を提供できる体制を整えて、地域の医療に貢献できるよう尽力していきます。