プロフェッショナル
森下記念病院スタッフブログをご覧の皆様、
こんにちは、放射線課です。
2024年1月1日、能登半島地震が発生。マグニチュード7.6の地震により多くの方が被災し、
今もなお少なくとも2万人を超える方々が避難所や親戚の家に身を寄せていたり車中泊を続けている方も多く、
長期に及ぶ厳しい避難生活を余儀なくされているそうです。
元日から大変大きく悲しい出来事が発生したのですが、翌1月2日も衝撃的な出来事が発生しました。
『羽田空港衝突事故』です。
羽田空港で日本航空の旅客機が海上保安庁の航空機と滑走路上で衝突し炎上。
この事故で海上保安庁の機体に乗っていた6人のうち、5人が死亡。
旅客機には子ども8人を含む乗客367人、乗員12人の合わせて379人が搭乗していましたが、
全員が機体から脱出しました。(預けられていた2匹のペットは残念ながら助ける事が出来ませんでした。)
また、海上保安庁の航空機は被災地への支援物資を運ぶためのものであったと知り、悲劇の連鎖に私は言葉を失いました。
TVやインターネット等メディアで、実際に搭乗されていた方が「今後の事故対応に役立てたい」という理由で
撮影された機内の映像を見る事が出来ました。
その映像には、事故直後から脱出するまでの8分間(※フルで公開されていた映像は現在削除されてしまったようです。)が記録されており、
いつ爆発炎上してもおかしくないといった極限状況の中、冷静かつ懸命に任務を遂行する客室乗務員や、
それらの指示に従いパニックを起こさぬ様必死に耐える乗客の様子が記録されていました。
今回はこの動画を見て知った事、感じた事を書きます。
午後5時47分、衝突事故が発生。
その直後から動画は始まります。
機内窓からは炎上しているエンジン部分が確認出来ます。
「何この臭い」「どこに火がついてるの?」「落ち着いて」「大丈夫、大丈夫」
心配する親子の会話が聞こえます。
何とこの衝撃で、機内の連絡手段であるインターフォンシステムが故障してしまう事態が発生し、
乗務員は指示や連絡を行う重要な機能をまず失ってしまいます。
日本航空には緊急時の安全マニュアルに「緊急脱出の5項目」があるそうです。
- 衝撃から身を守る
- パニックコントロール
- 状況確認
- 乗務員全体への情報共有
- 非常口への誘導
これを知ってから改めて動画を見ると、衝撃から身を守り機体が停止したその瞬間から乗務員は
次の手順であるパニックコントロールを開始しています。
何が起こっているかわからず不安と混乱の中にいる乗客に対し、しっかりと自信を持った口調で、
「大丈夫、落ち着いてください」
「鼻と口を覆って姿勢を低くして下さい」
「荷物を取り出さないで下さい」
と的確に指示を出しコントロールしています。
この時何度も「荷物を取り出さないで下さい」という呼びかけが繰り返されます。
理由を調べてみると、過去に荷物の取り出しが原因で脱出が遅れ被害が大きくなってしまったと
指摘されている航空機事故(アエロフロート1492便炎上事故)があり、こういった事故から学び、
そのような指示を行うよう訓練されていたそうです。
30秒後、機体は停止。
乗務員は声掛けを行いながら、状況確認を行います。
機内からは子供の声で「早く出して下さい」「開ければいいじゃないですか」と悲痛な叫びが聞こえてきます。
どんどん炎が大きくなるのが窓から見え、機内が煙で充満してくる状況。そう思うのは当たり前です。
しかし、炎上付近のドアを開ける事で機内に炎が入ってきてしまい危険であることがわかっているため、
乗務員は各ドアの安全確認を進め冷静に対応します。
3分48秒。機内に煙が入り始めます。
インターフォンシステムが故障し状況報告が出来ない状況。
声による伝達しか方法が無く、大声で乗務員同士が情報交換を行っています。
この間、乗客同士もお互いに声を掛け合います。
「頭を下げましょう、煙が上に行くので」「大丈夫、大丈夫、乗務員の言う通りにして」
乗務員の指示を理解し声を掛ける乗客も、その声掛けにパニックを起こさず従う乗客も、お互いに本当にすごいです。
煙が広がる緊迫した状況の中、乗務員は必死のやり取りで安全な脱出経路を確認します。
そして6分20秒。
ついに乗務員から脱出の合図が出ます。
「前へ言って下さい、みなさん!!!」「荷物は持たないで!!!!」
乗客同士も協力します。
「荷物を出すな!」「急いで!」「一番前まで行って!」
航空業界には「90秒ルール」と呼ばれる世界的な安全基準があるそうです。
アメリカ連邦航空局(FAA)が1967年に航空機メーカーに出した要件で、
44席以上の旅客機についてはいずれの機種でも特定の条件下(非常時に航空機のすべての非常用脱出口の半数以内を使って)で
90秒以内に全員が脱出できることを実証しなければならないというもの。
旅客機はこれを基準に通路幅、非常口の数、位置、安全装置の設備などの規格が決められ、
重大な航空機火災等の場合に最低でも90秒間は機材が持ちこたえて乗客を保護するだけの強度を持たねばならず、
乗務員も年に1度必ず受ける訓練に筆記と実技の両方に合格しなければ即、乗務停止処分とされてしまうそうです。
つまり脱出が始まれば90秒で脱出シューターまで行ける構造なのです。
しかし、荷物を持っての脱出やパニックを起こし我先にと人を押しのけるような行動が起こってしまっては、
90秒での脱出は困難となるでしょう。
しかし、この動画の脱出を見て私は驚愕しました。
乗客皆が誘導に従い、指示を守り荷物を持たず、お互い声を掛け合い助け合いながらの脱出。
機外脱出までの時間は、なんと約45秒!!!
さらに機外に脱出した乗客の一部は、逃げる事なく脱出シューターをうまく滑れない人の手を取りサポートをしています。
その後、機長自らが責任を持ち、機内の一席一席を目で見て回り、逃げ遅れた人を誘導し最後に脱出。
衝突から18分後、乗客全てが脱出となりました。
私はこの動画を見て涙が止まりませんでした。
海外ではこの事故を「奇跡の脱出」と称賛し報道していました。
運が良かったから?
違うのではないかと思います。
この動画や事故後の専門家の解説を見ると、この奇跡の裏には過去の事故から学んだ安全基準、安全マニュアルが存在し、
その効果を発揮していました。
非常時を想定し製造されている旅客機、乗務員の日々の訓練、迅速な消火活動など、
過去の経験が活かされ今回の脱出が成功しているということに気が付き、
奇跡でもあるが、ある種必然でもあるのだなと感じました。
まさにプロフェッショナルです。
また、全員脱出には訓練を受けていない乗客がパニックにならず、他を助け合う気持ちを持っていないと成立していなかったはずです。
同様に乗客も称賛されるべきだなと感じました。
我々医療の現場にも、ガイドラインや安全マニュアルが存在しています。
これらは皆様に安心・安全な医療を提供できるように作成され、
私たち現場スタッフはこれらを遵守し医療を行う義務があります。
万が一インシデント・アクシデントが発生してしまった場合は
即座にレポートが作成・提出されスタッフ全体に共有されます。
院内に設置されている医療安全委員会などで原因の究明と対策を検討し、
これによりマニュアル等が改善され同じ事が起きないよう周知徹底されます。
あの極限状態の中での8分間は乗客の方々にとってはとても長く感じた事とだと思います。
しかし、客室乗務員の方々はこの8分間であまりに多くの任務を冷静かつ的確に対処し遂行されていました。
本当に頭が下がります。
果たして私自信がこのような緊迫した状況になった際に、これだけ高いパフォーマンスを出し任務を遂行できるのだろうか。
それは実際になってみないとわからないのかもしれません。
今の私に出来る事は、日々研鑽を積み良い準備をしてその時に備える事なのだと思います。
能登半島地震で被災した方々、この事故によりお亡くなりになった海上保安庁職員の方々、
心よりお見舞い申し上げます。
参考
【羽田空港事故】なぜ旅客機から全員脱出できた?緊迫の18分に何が?専門家が語る“苦しい判断”とは【クロ現】| NHK
https://www.youtube.com/watch?v=4psikXV15FY
アエロフロート1492便炎上事故
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%881492%E4%BE%BF%E7%82%8E%E4%B8%8A%E4%BA%8B%E6%95%85
【日航機炎上】元CA語る…乗客の命救った「90秒ルール」
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/900001179.html
「90秒ルール」とは?JAL機炎上、乗客は全員脱出。「訓練の賜物」のもとになっている世界基準
https://nordot.app/1115100025196528061?c=516798125649773665
90秒ルール | 時事用語事典 | 情報・知識&オピニオン
https://imidas.jp/hotkeyword/detail/F-00-104-07-09-H004.html