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BLOG第126回 腹膜透析と血液透析で認知症の発症率に差がある?①

2022.04.02

腹膜透析と血液透析で認知症の発症率に差がある?①

森下記念病院のスタッフブログをご覧の皆様、
こんにちは、院長です。

 

皆さんは“健康寿命”という言葉を御存知でしょうか。これは一般的な寿命と異なり、介護などの支援を受けずに健康的に日常生活を送れる年数を示します。日本においてこの”健康寿命“の平均は男性で72.68歳、女性は75.37歳となっており、一方で純粋な平均寿命は男性81.41歳、女性は87.45歳となっています。平均寿命と健康寿命の差(平均寿命-健康寿命)は、男性で8.73歳、女性で12.06歳となっています。健康寿命が伸びれば、医療費などの削減にもつながることから、世界的にもこの指標は重要視されています。

 

この健康寿命に関わる要素は多くありますが、その中で認知症と大腿骨骨折は比較的大きなインパクトがある要素と考えられます。すなわち認知症が発症または進行すると介護必要度が上がってしまいますし、大腿骨骨折すると活動度が低下し、寝たきりになってしまう方は増加してしまうので、健康寿命は短くなります。

 

そこで、腎不全の治療を行っている立場から、血液透析患者と腹膜透析患者における認知症と大腿骨骨折の発症率について着目し、いくつかの研究の紹介交えて3回にわたりお話をしていきます。

 

まずは透析と認知症の関係の研究で、Peritoneal Dialysis International誌に2014年に掲載された報告です。

血液透析患者と腹膜透析患者における認知症発症リスクの比較
RISK OF DEMENTIA IN PERITONEAL DIALYSIS PATIENTS COMPARED WITH HEMODIALYSIS PATIENTS. Peritoneal Dialysis International 2014 35: 189-198

 

腎不全が進行した患者さんは、同年代の対象と比較すると認知機能障害の有病率が高く、認知機能の低下がより急速であることはこれまでに多く報告されています。そして、認知機能障害により生存率の減少や入院治療のリスクが増加します。これまでの比較的規模の小さな研究では、認知機能障害と透析方法(血液透析・腹膜透析)の違いの関連性が示唆されていました。しかし、大規模な研究は少なく、この研究では全国レベルの規模で血液透析と腹膜透析が導入された患者さんの認知症の発症率を比較しました。

 

この研究はアメリカで行われた後ろ向きコホート研究です。透析が導入される前に認知症と診断されていない、2006年から2008年の期間に、アメリカで血液透析または腹膜透析が導入(開始)された方が対象となっています。保険請求データによって診断された認知症の発生率に対して、初期透析モダリティの影響(血液透析が導入されたか腹膜透析が導入されたかの影響)が検討されました。全体で121,623人が対象となり平均年齢は69.2歳、またその中で腹膜透析を選択されている人数は8,663人でした。

 

結果としては、腹膜透析を導入した患者さんは、血液透析を導入した患者さんよりも認知症の累積発生率は低くなっていました。具体的には1年間での発症率は腹膜透析が1.0%に対して血液透析が2.7%、2年間では腹膜透析が2.5%に対して血液透析が5.3%、3年間では腹膜透析が3.9%に対して血液透析が7.3%でした。腹膜透析を導入した患者さんの認知症のリスクは、血液透析を導入した患者さんと比較して54%低く、統計学的な調整を行っても26%低いという結果でした。

 

この研究の結果は、この研究の前に行われていた小規模の研究と同様に認知症の発生率に関しては腹膜透析で低いということに一致していました。一般的に高齢であることや糖尿病を併発していることは認知機能低下のリスクとなりますが、この研究では統計学的にこの因子の影響が出ないように処理したあとも腹膜透析で認知症の発生率は低い結果でした。腹膜透析で認知症の発生率が低い理由として考察で主に挙げられているのが、ゆっくりとした時間をかけて老廃物の除去や過剰な体液を除去する腹膜透析の仕組みに対して、血液透析は短時間に電解質の濃度変化や、体液量の変化、血圧の変化が起きることが避けられないため、脳の機能を傷害してしまう可能性があるということです。

 

今回の内容に関連して、腹膜透析で認知機能が低下しにくい理由を推測しうる、腎不全の患者さんにおける認知機能の低下についてもう一つの論文を読んだので、次回のブログでご紹介していきます。