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BLOG第125回 血液透析のための準備(シャント、人工血管)は腎機能の低下する速度をゆっくりにする?

2022.03.24

血液透析のための準備(シャント、人工血管)は腎機能の低下する速度をゆっくりにする?

森下記念病院のスタッフブログをご覧の皆様、
こんにちは、院長です。

 

いままで多くの血液透析を導入する(始める)患者さんを診療してきましたが、血液透析を始める前の準備としてシャントや人工血管の手術後(アクセス作成後)に、腎機能の低下する速度がゆっくりになることを体感していました。これは、アクセス作成をすることで、患者さんの自己管理意識が向上することが原因かな、となんとなく考えていましたが、この現象の答えのひとつとなる論文を読んだので、今回その内容を紹介します。

 

欧州腎臓・透析移植学会の刊行誌であるNephrology Dialysis Transplantation誌に2017年に掲載された報告です。

末期腎不全に移行する後期慢性腎臓病患者における血管アクセス(シャント・人口血管)の作成と推定糸球体濾過率(eGFR)低下の減速との関連
Association between vascular access creation and deceleration of estimated glomerular filtration rate decline in late-stage chronic kidney disease patients transitioning to end-stage renal disease. Nephrology Dialysis Transplantation 2017 32: 1330-1337

 

以前の研究で、アクセスの作成(シャントまたは人工血管の手術をすること)が推定糸球体濾過率(eGFR)の低下を遅らせることに関連している可能性があることが示唆されていました。この原因が、アクセスの作成に生理学的な利点があるのか、もしくはその他の因子に起因するかどうかははっきりしておらず、本研究ではこの調査が目的とされました。

 

対象はアメリカの進行した慢性腎臓病の軍隊経験者です。3026人のアクセスが作成された群と3514人のカテーテル(長期留置型)が準備された群について比較、検討されました。透析導入前にアクセス作成前後で少なくとも3回ずつのeGFRのデータによる低下の傾斜(低下速度)と、カテーテルの群では透析導入前の6か月指標データによるeGFRの低下の傾斜が比較されました。また、アクセスの成熟の有無も考慮されました。

 

eGFRの低下の傾斜はアクセス作成前の-5.6ml/min/1.73m2/年に対してアクセス作成後は-4.1ml/min/1.73m2/年というアクセス作成群の結果に対して、対象となるカテーテル群ではそれぞれ-6.0ml/min/1.73m2/年、-16.3ml/min/1.73m2/年となり、アクセス作成後はeGFRの低下がゆっくりとなる(進行が抑制される)という結果でした。また、これはアクセスの成熟具合とは独立した結果であり、その成長具合に関わらず、アクセス作成によりeGFRの低下がゆっくりになるということでした

 

冒頭でふれたように、以前からアクセスの作成後に腎不全の進行が遅くなることについて、いくつかの報告がありました。例えば、成功したアクセス作成後にeGFRの低下が遅くなったという123人を対象とした報告では、この事象を説明する一つの因子としてアクセス作成による血管拡張がもたらす効果が考察されています。これは、血管拡張により血管内皮細胞の機能を通じて、腎臓の血管床を拡張して、それまで十分に血液が還流されていなかった腎臓の一部にも、十分に還流されることで腎機能が保たれるようになると推測されています。

 

一方で、本研究ではアクセスの成熟具合によらず(つまりアクセス作成による血管拡張の作用ではなく)、eGFRの進行抑制が認められているため、さらなる考察がされています。アクセス作成という事項により腎臓内科医のケアが注意深くなることや、患者行動の改善による腎不全進行抑制効果は除外できないものの、この他にRIPC(remote ischemic preconditioning)という事象が説明されています。このRIPCは、例えば血圧測定の際に腕や足が締め付けられるときに一時的に腕や足の血流が低下する事象のように、身体の一部の短時間の虚血によって、アデノシン、エリスロポエチン、硝酸などのホルモンが体内循環を流れ、虚血の部位とは離れた腎臓を含めた臓器の保護に寄与するのではないかという事象です。ほかにもRIPCによる免疫細胞を通じた抗炎症作用や、ブラジキニン、オピオイドといった物質による腎保護の関与も示唆されているようです。アクセス作成の手術においては、手術中に手の動脈を一時的に遮断すること、そして細い動脈の枝の処理の際にこのRIPCが起こります。また、アクセス作成後にも、末梢の手先などには作成前と比べると血流が変化していますので相対的な虚血が継続します。要するに、アクセス作成によるRIPCが発生することで、その後の腎保護作用につながり、eGFRの低下速度が緩やかになることが考えられるのです。

 

少し長くなってしまいましたが、この論文を読んで、今まで臨床現場で何となく感じていた疑問が解消される一つの要素として、理解することが出来ました。

 

ただし、アクセス作成による合併症や、経済的な面からも、必ずしも早期にアクセスを作成することが推奨されることではありません。適切な通院加療によっても腎機能障害が進行した際には、腎代替療法(血液透析、腹膜透析、腎移植)の十分な説明を受けて、血液透析を選択された際には、適切な時期にアクセスは作成されるべき、ということは変わりないのではないかと考えます。