透析導入の適切なタイミングについて②
森下記念病院のスタッフブログをご覧の皆様、
こんにちは、院長です。
今日は、前回のブログの続きでこの論文を中心に透析導入の適切なタイミングについてお話していきます。
Early Versus Late Initiation of Dialysis in CKD Stage 5: Time for a Consensus
Kidney Int Rep 10: p 54-74, 2025
前回ブログ:透析導入の適切なタイミングについて①
前回お伝えした早期導入と遅めの導入の利点や欠点があるなかで、各国や地域において、透析の開始時期に関するガイドラインが存在し、以下に、現在の主要なガイドラインのポイントをまとめます。
- KDOQI(米国腎臓財団提唱の腎臓病予後改善対策のガイドライン):
透析の開始は、腎機能の具体的な測定値(例:GFR)に基づくべきではなく、尿毒症の症状や栄養状態、代謝異常の管理能力に基づいて評価するべき。 - KDIGO(国際的な腎臓病のガイドライン):
透析開始の基準として、導入は「腎不全に起因する症状や症候が存在する場合」と定義される。その中には、体液管理が難しい場合や栄養状態の悪化が含まれ、測定値としては通常GFRが5〜10 ml/minの範囲になることが多い 。 - 欧州ガイドライン:
GFRが15 ml/min未満の患者では、症状や栄養状態の悪化が見られた場合に透析導入を考慮するべきとし、多くの患者でGFRが6〜9 ml/minの範囲で症状が出ることが考慮されるべきである。 - カナダ腎臓学会のガイドライン:
成人に対して、GFRが15 ml/min未満の場合、「早めの導入」より「遅い導入」のタイミングを持って透析を導入することが推奨される。 - 日本透析医学会ガイドライン:
GFRが15 ml/min未満になった場合、腎不全の症状や日常生活への影響を総合的に評価した上で、透析を開始する判断を下すべき。
このように各ガイドラインにおいて、絶対的な測定値の指標や、症状や状態の指標はないものの、大まかにGFRが5-10 ml/min程度で症状も考慮して導入時期を決めるような印象かと思います。そしてこれらのガイドラインは時代と共に変化してきており、これまでの早期透析導入と遅延透析導入の比較に基づく臨床研究で、早めの導入の利益が証明されないことが示唆された研究結果などもあるため、内容が再検討されています。また、透析開始のタイミングは、患者のQOLに影響を与えるため、症状の有無が重要視されるようになってきたことなども背景にあります。
早めの導入と遅い導入を比較した唯一の無作為化試験(臨床研究の方法のなかでは結果の信頼性が高い研究方法)としてIDEAL試験の報告があります。この臨床研究は、オーストラリアとニュージーランドで行われ、透析開始は腎機能の指標であるGFR(推定糸球体濾過量)に基づいて評価されています。早期透析導入は、eGFRが10-15 ml/min、それに対して遅延透析導入は5-7 ml/minで開始されるタイミングで2つの群にわけて生存率などが比較されました。この試験の結果では、早期透析導入の効果が遅延透析導入に優越しないことが示されました。しかし、この結果は早めの導入が遅めの導入より生存率などの結果が優れないということで、遅めの開始が優れるという結果ではないことには注意が必要です。
結局のところ、未だに早期導入、遅い導入の定義自体が明確ではなく、また、早め、遅めでの導入のタイミングの違いによる明らかな生命予後など治療成績の差は見いだせておらず、より精度や信頼性の高い臨床研究が待たれるということのようです。
というわけで現状では、データや症状、そして生活背景などを考慮して、出来るだけQOLが維持できるように、患者さん個人個人にとって適切な導入のタイミングを見極めて、相談しながら治療をすすめていくという方針に変わりはないと思います。
個人的な見解としては、あまりに透析の導入を遅らせる結果として、尿毒症症状の急激な悪化による緊急入院や緊急透析導入により、前述したようにカテーテルの挿入や入院期間の延長や体力の低下などが懸念されるため、極端な遅延導入は出来るだけ避けるべきだと考えます。その一方で、すべてを懸念するあまりに時期尚早なタイミングで始める必要もないと思いますので、しっかりと時間をかけて、患者さんとご家族、そして医療従事者が話を重ねて、来るべき時に備えて治療方針やいつから導入すべきかを共有しておくことが重要と考えています。