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BLOG第21回 腹膜透析(PD)が日本で普及しない理由②

2020.07.23

腹膜透析(PD)が日本で普及しない理由②

森下記念病院のスタッフブログをご覧の皆様、こんにちは、院長です。

 

今回は前回のブログに引き続き、腹膜透析が日本で普及しない理由について解説していきます。

 

  1. 血液透析の施設が多く、通院先の選択肢が多い一方で、腹膜透析を実施できる医療機関、医療スタッフが限られている。
  2. 糖尿病性腎症(糖尿病に合併した慢性腎不全)の患者さんには不向きと考えられる。
  3. ご高齢の方の導入に抵抗感がある。

は前回ブログで説明しておりますので、今回は2について説明していこうと思います。
腹膜透析(PD)が日本で普及しない理由①

 

2 糖尿病性腎症(糖尿病に合併した慢性腎不全)の患者さんには不向きと考えられる。

 

“わが国の慢性透析療法の現況2014年12月31日(参考元 https://docs.jsdt.or.jp/overview/index2015.html)“によると透析導入された方の約43%が糖尿病性腎症による腎不全であり、血液透析を導入された方の45%が糖尿病性腎症である一方で、腹膜透析を導入された方の38%が糖尿病性腎症となっています。従来、糖尿病の方は腹膜透析の継続率や生命予後が良くないと認識されてきた経緯があり、糖尿病性腎症の方には腹膜透析は不向きなのでは、という懸念が隠れていることが予想されます。

 

ここで糖尿病の方が血液透析に比べて腹膜透析の導入率が低くなっている理由を考えてみます。

  • 導入期に既に多くの合併症を有しており、網膜症による視力低下や末梢神経障害の影響で腹膜透析の手技が困難になる。
  • 血糖管理や脂質代謝への悪影響が懸念される。 
  • 高血糖などを原因とした除水不足のため、腹膜透析による体液管理が難しい。

その一方で血液透析が下記の理由で困難になることもあります。

  • 自律神経障害のため透析低血圧をおこしやすい。
  • 抗凝固薬による出血傾向(網膜症の増悪)が懸念される。
  • 動脈硬化が強く、バスキュラーアクセスのトラブルを来たしやすい。

 

これまでに糖尿病性腎症に限定した腹膜透析と血液透析の生命予後を比較した研究は多くありませんが、25の研究をまとめた総説によると、いずれかの治療法の優位性は見いだせなかったという結論が出ています。
(参考元:Dialysis Modality Choice in Diabetic Patients With End-Stage Kidney Disease: A Systematic Review of the Available Evidence. Couchoud et al. Nephrol Dial Transplant 30: 310-320, 2015 https://academic.oup.com/ndt/article/30/2/310/2337520

 

さらに糖尿病の腹膜透析患者さんと非糖尿病の腹膜透析患者さんの腹膜透析継続率と生存率を比べた研究では有意差無しと報告されています。
(参考元:Clinical Outcome of Incident Peritoneal Dialysis Patients With Diabetic Kidney Disease. Kishida K, et al. Clin Exp Nephrol Mar;23(3):409-414, 2019 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30255261/

 

このように、糖尿病の方は少なくとも腹膜透析と血液透析を比較してどちらかが向いているという結論は出ておらず、2019年の日本透析医学会の発行する腹膜透析ガイドラインには下記のように記されています。

“CQ6 糖尿病性腎症の患者さんの透析療法は腹膜透析開始と血液透析開始のどちらがよいか?”
A.推奨無し
参考元:腹膜透析ガイドライン2019

つまり、糖尿病による腎不全であっても、腹膜透析を避けて血液透析にするべきということは無く、患者様の納得する透析療法を選択するべきであると考えられます。

 

従来では不向きとも捉えられていた糖尿病の方が腹膜透析を安全に行えるようになってきた背景として、以下の要素が挙げられるかと考えます。

腹膜透析デバイスの改良と進歩

  • ツインバッグシステム ⇨ 腹膜炎の減少
  • イコデキストリン透析液 ⇨ 除水不全による体液過剰の是正
  • 生体適合性透析液 ⇨ 腹膜の形態変化・機能障害の是正

その他

  • ARB(降圧薬)の普及 ⇨ 腹膜の形態変化・機能障害の是正,残存腎機能保持
  • 新たな糖尿病治療薬 ⇨ 血糖コントロールの管理向上

 

以上のように少なくとも糖尿病であることは腹膜透析の導入に際して、明らかな障壁ではないと考えます。当院でも腹膜透析を行っている方の約半分は糖尿病を合併した腎不全の方であり、多くの方が安定した腹膜透析を行っています。