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BLOG第133回 腹膜透析と血液透析で認知症の発症率に差がある?②

2022.05.20

腹膜透析と血液透析で認知症発症に差がある?②

森下記念病院のスタッフブログをご覧の皆様、
こんにちは、院長です。

 

今回は前回のブログで紹介した、“血液透析と比べて腹膜透析で認知症の発症率が低い”という研究の結果から、その要因に関して一つの可能性を示唆する論文のご紹介です。

 

昨年の欧州腎臓・透析移植学会の刊行誌であるNephrology Dialysis Transplantation誌に掲載された報告です。

腎臓病患者においてアシドーシスにより認知機能と運動機能は障害される
Acidosis, cognitive dysfunction and motor impairments in patients with kidney disease.  Nephrology Dialysis Transplantation 2021 37 (Supplement 2): ii4-ii12

 

この論文はレビューと呼ばれる形式で、本論文のテーマである腎臓病患者にけるアシドーシスと認知機能・運動機能障害に関するこれまでの研究をピックアップし、総説としてより深く掘り下げているものです。

 

血漿または血清の重炭酸塩(HCO3)濃度が22mmol/L未満として定義される代謝性アシドーシスは、慢性腎臓病(CKD)の患者さんにみられる所見であり、CKDの進行期の患者さんで約10〜30%発生します。これは腎臓において体内の老廃物(酸性物質)が十分に尿を通じて体外に排泄できなくなったことや、機能の低下した腎臓が本来体内に必要な重炭酸塩を再吸収できなくなった結果などいくつかの機序を原因として生じます。前回述べたようにCKDは近年、認知機能障害(注意欠陥や記憶障害を伴う軽度認知障害、実行機能の低下、画像診断で診断される形態的な損傷などを含む)に関連していることが多く報告されています。また、運動機能の障害と筋力の低下は、進行したCKDの患者さんによく見られ、これは中枢神経系機能の変化に一部起因している可能性があります。CKDがどのように認知機能障害を引き起こし、運動機能を低下させるかについての正確なメカニズムはまだ結論はなく議論されてるところですが、最近のデータによると、アシドーシスはCKD患者さんにおける認知機能障害において、介入が可能である原因の1つである可能性が示唆されています。この論文では、CKDにおけるアシドーシスと認知機能障害との関連に関する最近のエビデンスが要約され、アシドーシスが中枢神経系の機能に影響を与える可能性のあるメカニズムについて述べられています(すべての内容を紹介することは長くなってしまいますので割愛させていただきます)。

 

ここまでの本ブログの内容ですと、CKD+アシドーシス+認知機能障害についての言及になりますが、ここで私達が以前に行った臨床研究(The differences in acid-base status and the calcium parathyroid axis between peritoneal dialysis and hemodialysis. Clinical Nephrology 2016 86(2):55-61)の内容を交えて、アシドーシスの観点から腹膜透析と血液透析における認知症の発症率の差が生じる可能性についてお話します。

 

2017年に報告したこの研究はCKD-MBDと呼ばれる腎臓病における骨やミネラルの代謝異常について調査した内容ですが、この研究では血液透析患者は腹膜透析患者に比べてアシドーシスの傾向にあるということが重要な背景となっています。この研究以前にも血液透析患者と腹膜透析患者を比べた際に、血液透析患者でアシドーシスの傾向があることが報告されており、本研究のデータでも同様の結果となっていました。血液透析患者でアシドーシスの傾向がある、すなわち血液透析に比べて腹膜透析ではアシドーシスになりにくいという結果は、腹膜透析患者さんでは腹膜透析の治療の特性であるアルカリ化された透析液が長時間使用されることに起因しています。

 

前回紹介した研究では、血液透析の特性である短時間での電解質濃度、体液量、血圧の変化による脳機能障害の可能性が認知症発症のリスクをあげることが述べられていましたが、その他の原因として、腹膜透析と比べてアシドーシスに傾きやすい血液透析患者さんにおいて、認知症発症のリスクが上がる可能性があることが推測されます。

 

2回にわたり腹膜透析が血液透析に比べて認知症を発症しにくい可能性があるというテーマで論文を交えて述べさせていただきました。しかし、この内容から伝えたいことは、腹膜透析のほうが優れた治療であり、血液透析が劣っているという解釈ではないことにご注意ください。血液透析が腹膜透析に比べて優れている部分もありますし、そもそも認知機能が低下した患者さんでは腹膜透析の導入が難しいケースもあります。飽くまで進行したCKDの患者さんにける腎代替療法の選択において、考慮されるうる一つのポイントとしてとらえることが出来ればと考えています。

 

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