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BLOG第139回 腹膜透析と血液透析で骨折の発症率に差がある?

2022.06.29

腹膜透析と血液透析で骨折の発症率に差がある?

森下記念病院のスタッフブログをご覧の皆様、
こんにちは、院長です。

 

今回は、前々回のブログでご紹介した“健康寿命”(介護などの支援を受けずに健康的に日常生活を送れる年数)に関わる重要な要素のひとつであり、日常活動度が低下し、寝たきりになってしまうリスクが高い大腿骨骨折のリスクについて、腹膜透析と血液透析における発症率の違いについての研究をご紹介します。

 

血液透析と腹膜透析を施行している患者における大腿骨骨折の増加
Increasing Hip Fractures in Patients Receiving Hemodialysis and Peritoneal Dialysis. American Journal of Nephrology 2014 40:451-457

 

慢性腎臓病の患者さんは、CKD-MBD(慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常)という言葉があるように、ビタミンDの活性化の障害や副甲状腺機能亢進など様々な原因を背景に骨が脆弱化し、骨折のリスクが一般人口に比べて高いことは以前から多く報告されており、周知の事実となっています。血液透析と腹膜透析では骨病変のパターンは異なることが推測されるため、この研究では、血液透析と腹膜透析における長期的な骨折のリスクを分析しています。

 

1992年から2009年までのアメリカの腎疾患におけるデータベースを使用して、入院を必要とする大腿骨骨折の傾向を統計学的処理に基づいて分析しています。一般化推定方程式と呼ばれる解析手法を使用して、大腿骨骨折に対する透析モダリティ(血液透析か腹膜透析か)の影響を評価しています。842,028人の血液透析患者さんと87,086人の腹膜透析患者さんが本研究の対象となっています。

 

本研究の結果では、大腿骨骨折率は血液透析と腹膜透析の両方で1992年以降経時的に有意な増加が見られ、2005年以降はどちらも横ばいとなりました。血液透析では1992年は10.4件/1000人年、2004年は21.9件/1000人年の発生率となっていた一方で、腹膜透析では1992年は6.1件/1000人年、2004年は12.7件/1000人年の発生率となっていました。統計学的に調整された分析では、血液透析患者は腹膜透析患者よりも大腿骨骨折のリスクが高い(オッズ比が1.6倍高い)とういう結果でした。

 

今回の結果で透析患者さんにおける骨折のリスクは2005年までは増加傾向にありましたが、その後は横ばいになっていました。その要因としては、骨折に対する注意勧告が周知された結果として骨密度測定などスクリーニング検査が普及したことや、骨粗鬆症などを含めたCKD-MBD(慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常)の治療薬の開発により治療の選択肢が増えたことや、それぞれの患者さんに適した治療が行えるようになったことが功を奏していると考えられています。また、腹膜透析患者さんにおいて血液透析患者さんより骨折のリスクが低かった結果に関しても考察されています。その理由としては、そもそも腹膜透析を選択される患者さんは血液透析を選択される患者さんより合併症が少ない可能性を挙げています。さらに、腹膜透析は、血液透析を受けているよりも残存腎機能(透析導入後も維持される自身の腎機能、言い換えれば尿量)が長く維持されます。CKD患者に関する最近の研究では、eGFRの低下に伴う骨折リスクの段階的な増加が示されており、腹膜透析における残存腎機能の維持は、骨に保護効果をもたらす可能性があるようです。そのほかに、腹膜透析は持続的な透析療法である特性から、持続的に尿毒症物質を取り除くことが出来るためその血中濃度の変動が少ないことが考えられます。その一方で、血液透析は患者さんの尿毒症物質が週3回の治療により取り除かれるため、血液透析前のタイミングでは尿毒症物質の血中濃度のピークは高くなり、このことが骨の健康に潜在的かつ悪影響を与える可能性があることが推測されています。

 

前回のブログにも付け加えていますが、この内容から伝えたいことは腹膜透析が血液透析より優れた治療であるということではありません。今回は骨折に注目すると腹膜透析のほうがリスクが少ない可能性があるという内容でしたが、他の側面では血液透析のほうが優れている可能性もあります。

 

日本全国においても、そして当院の位置する相模原、そして近隣の町田、大和、海老名市などのエリアにおいても、腹膜透析を提供できる施設は多くありませんが、当院ではこの腹膜透析にも注力した腎不全治療を提供しております。単純に“寿命“を延ばす治療を提供するのではなく、少しでも一人ひとりの患者さんらしい生活を送ることが出来る“健康寿命”を延ばせることに貢献していきたいと考えています。

 

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